とにかく血液検査だけでもしてもらってね、健康診断お変わりと思っておったんで、年に2~3回そこで内臓の方ですか、それを検査してもらうというようになっておったんです。そこでたまたまいつものように血液検査をしてもらおうと思って行ったら、そこで動脈硬化のポスター、チラシがあったんです。動脈硬化というのは今、血管が詰まったりなんやかんやしたりしますね。だから、一回そっちの方もしてもらおうかなと思ってやってもらったんです。その時はここから(首)下は何もない、大丈夫ですとういうことでね。そしたら、たまたま仕事の仲間で同い年で55才くらいの人が、それも2・3週間ですか、脳溢血で倒れて、下半身不随になった人が身近におったんです。それで、血の流れを一回検査してもらったんですねそこでね。
そしたら、ここは(首)下ですね、ここは何もないということで、それで、先生のその時に知り合いの人がこうこうで倒れたからということで調べてもらったと話したら、先生は「身体の下の方だけ調べても分からないから、一度頭を調べようか」ということになって、それで、先生は機械をたくさん持っててね、CTとかMRIとかね。内科と小児科の先生ですけど、一度機械を通してみようか、ということで、すぐにやったんです。
そうしたら、動脈瘤が出てきたんでしょうね。その時には立ち会ってなかったんですけど、「後で見ておくから、来週に結果を聞きに来なさい」ということで。それで、月曜日の夜中じゃないけど10時頃に、先生から電話がかかってきて、それで、木曜日の8時、時間も指定で8時に説明するからおいでということで、それでもう、ワー、という感じですね。時間まで指定してくるしね、それまでは来週いつでもおいでやっていうことやったんで、時間も日にちも指定してくるということはこれはあかんなんかあるなぁと思って。
それで、1週間ぐらいしてK先生のところで撮るとやっぱり出てきてて。「どないする?」ということでね。もう年が70も80もなってるんやったら、そのままいくけどね。まだ55やからね、もう20年ほど働かんといかんから、途中で倒れて死んでしもうたらそれでよろしいですけど、それも怖いですけど、後に誰にも迷惑かけへんからね。けど、倒れて今度、下半身不随とか寝たきりになったらこれは嫁にとんでもない迷惑をかけると思って、それなら治るんやったら今のうちに治した方が後々のことを考えたらね、そう思ってK先生にここのK先生を紹介してもらったんです。それで、「お話を聞いてあんたの治療やからどないする?」と言われて、「どないしてでも、もうちょっと頑張らんといかんから治していただけますか」ということで治してもらったんです。
その時が一番嫌でしたね。それで、一番嫌やったのが土曜日に検査をして、来週の木曜日の8時においでと言われた時が一番嫌でしたね。それで、何かあるなって、そこでもう半分何かあるということは腹くくってて、それで木曜日に動脈瘤やって聞いた時に、あぁ、どないしょうかなぁって、そこでどないしょって、あと仕事のこととか入院費や、生活費のことを考えてね、どないしょうかなぁって思うて、それで、K先生のところに行って診てもらった時にはもうそこで決断しましたね。もうどないかなるやろうって、とにかく治すのが先やと。それで、ここに来た時には、完全に手術してもらうことを前提に来ていましたから、K先生のお話を聞いた時にはもう決めていましたから、もうそこからは治すことを一番優先して考ええました。
とにかく破裂するのか、せんのかもそんなもん分かりませんからね。とにかく治さなあかん、それまで何とか保ってくれたらええわー、入院するまで何とか保ってくれたらと思ってましたね。それしかなかったですね。
仕事も通常と同じようにしていましたし、日常生活ではそうなかったですね。ただ、破裂するかもしれないという恐怖はありましたけどね。ただ仕事をしてたらそれを忘れとるんですかね。忘れているみたいな感じでしたね。あと、夜寝る時にでも、そんなに感じませんでしたね。とにかく治さなあかんのが先決やということでね。
その時点では、とりあえず、後の人生もうちょっと頑張らんといかんので、仕事もせんといかんし、倒れて人に迷惑をかけるのが一番心配でしたので、即死であれば即死でかまわんのだけど、寝たきりとか、下半身不随で動かれんと、生活費も稼がれんかったら、これはどないしょうもないから、迷惑かけるから、とにかく治さないといかんということだけが、先決問題でしたからね。それに向かって、他のことはあんまり考えませんでした。とにかく治すこと、入院して手術してもらうことを先決に考えていましたから、K先生から説明を受けたときには頭の中では手術してもらうことを前提としてお聞きしていました。入院して1ヶ月も空けたら仕事なくなるんと違うかなぁというそういう不安もありましたけどね、そういうのは一つずつクリアしていかんといけないんで、とにかく、入院の日を決めてもらって入院して、その後は、手術のことを、先生もおっしゃってましたけど、手術しても100%回復するかどうかもわからんということは言われましたけど、まあー、とにかく手術してみて、後は回復せんかったらせんかったときのことで、後遺症が残った場合はその時点で考えて、…それからずーっと一つずつしか考えませんでした。たくさん考えてもどうしょうもないですからね。
一歩ずつ、その段階段階で考えて、その後のことは後のこと、それで退院して仕事がなかったらなかったでまたどこか探したら良いでしょ、というような考えでね。一番怖かったのが、死ぬのも怖いけど即死も怖いけど、それはそうなったら後のことは分かりませんから、それはそのままでいけますけど、下半身不随とか寝たきりになって、これは人のことを見てますんでね、それが一番怖かったからね。とにかく治すのが先決や、ということでね。それから出発しました。
なんやかんや考えたけど、どうしょうもないから、一歩一歩考えて、とにかくその時点でも仕事をこなしていくのが一番先決で、入院までの間ね。それで、どないなふうに後を引き継ぐか、動きもあるしね。そういうことが頭に先にありましたのでね。だから、入院の2日前まで予定を組んで仕事の方でみんな没頭してましたので、真剣で、身体のことはあんまり考えませんでした。その時はもう破裂せんといてやということだけですね。先生に聞いたら、「いつ破裂しますか?」と聞いたら、「そんなもん分かるか」って言われて…(笑)。だから、それだけはありましたけど、その後のことは考えんと、さっきも言ったように段階段階で考えましたから、とにかく先に仕事を納めてしまって、それで、2日前にちょっと体力だけ付けてそれで入院してという気でいましたね。
私としては、やっぱり、その怖さを、不安を何パーセントか頭の中に感じながら、不随とか寝たきりとかそういう不安を頭に残しながら、何年か生活するのは嫌やから、やっぱり、治してしまおうかなぁ、という頭でしたからね。それは、先生も言いましたけど、何パーセントか、100人に一人かは破裂せんとまっとうしている人はいますよ、という話も聞きましたけど、やっぱり、それは頭の中に残るんだと思うんですけどね。こういうことは生活しながら何パーセントは分からんけど、不安な感じを抱いて生活しないといかん、ということがあると思うんですね。それはどこかで出てくると思うんです。それに付き合っていくのもストレスですからね。
先生もおっしゃったように、100%元通りになるかどうか分からんと言うことですし、その前の血管造影の時からありましたよ。あの時に写真撮るときに、頭の中がチカチカするんです。これは破裂せんやろうかとかね、この時点でね。そんなんはありましたけど、そやけど、これも一つの過程やからしゃーないな、と思って。あかんかったらあかんでしゃーないなと言うことしかなかったですね。
おかげさんで仕事の量があるから、そういう感じで待っていてくれてたみたいですね。休むその時点で倒れとったらそういうことを期待はしてないでしょうけどね、だから、元気で1ヶ月ちょっと休暇してきたみたいな、長期休暇リフレッシュ休暇してきたみたいなそんな感じで、出てきたらこき使われるような感じです。